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神話と不思議な旅⑤ 大神神社での不思議な発光写真

神話

私の住んでいた尼崎の近所の商店街には、パチンコ店や風俗店が立ち並ぶ、治安はそれほどいい場所とはいえなかったが、独身男にとってはある意味よい場所だった。
ヤクザだたむろしていたり、路上駐車がひどかったが、家賃や駐車場などが安く、また梅田と三宮の間にあり、だいたい電車でどこでもいけるので、車も必要なく小旅行を楽しむことができた。

しかし、いつも気になったことがある。
観光地といえば、だいたい神社や寺院であるが、やたらと入場料を取られる上に、あちこちに物乞いのように賽銭箱が置いてあることだ。
だいたい、1か所あたり500円程取られるので、じわじわと出費が重なってくる。
それに、賽銭を払わなかったら天罰でも下りそうな気がしてならない。

「何故、神や仏というものは、こうも卑しいものなのだろうか・・。
他の人は何も思わないのだろうか?」
と不思議に思いながら観光していた。

子供の頃は、ただ純粋に神様というものは清い存在で、善い行いをするとそれなりの報いを授けてくれると思っていた。
しかし、年齢を重ねるにつれ、世の中が分かってくるようになると、どうもおかしいと感じはじめる。
何かしら、加害者、モラハラ、毒親、詐欺師、政治家といった悪者的存在がいい思いをし、被害者側は常に泣き寝入りしなければいけないという、パラドックス的な現象に違和感を感じる人も多いだろう。
耳から入ってくる情報と、現実は全然違うんだと・・。

そして、小さい頃は周囲と違和感もなく解けこんでいたのに、成長するにつれ、だんだんとズレた感覚が強くなり、集団の中にいても浮いた存在になってしまうという変な感覚。

ある日、奈良市内を観光し終わった後、ふらっとついでに大神神社にいくことにした。
だいたい、奈良市内を出たのが秋の16時くらいで、はやくいかないと日が暮れてしまう時間だ。
奈良市内から、万葉まほろば線に乗り桜井方面へと向かう。
万葉まほろば線は、明治時代に開通した歴史ある路線で、駅の名前が難読であることが知られている。

電車はレトロチックな2両編成で、外の景色も田園風景が広がる場所を通り、落ちていく夕日がいっそうとまほろばの情緒を際立たせる。

三輪駅に着いたときは、夕日も落ちていく寸前だった。

大神神社の入口に立つと、灯篭の明かり以外ないのでほぼ真っ暗だ。
周囲は森林に囲まれ、人とすれ違うこともなく、ただ1人貸切理状態の大通りの中央を、我が物顔で進んでいく。
大通りの両脇にたつ灯篭の明かりが、なんとも幻想的で、歩いていると異次元空間に吸い込まれていくような、トランス状態に陥りそうな感覚になる。
上を見上げると、むささびが飛び回っているのが見えた。

歩く途中は、こんな罰当たりなことを考えていた。
「果たして本当に神などいるのだろうか?」
「いるのならば、うつ病くらいちゃちゃっと治してほしいね。祟り神さんよ。」

大通りのつきあたりの階段を上り、拝殿前にある鳥居の前で立ちどまる。
カメラを目の前にかざし、

「神よ、お前はいるのか?いるならば、私のうつ病を治してみやがれ!えい!」


と念じながらシャッターを押してみた。

すると、驚いたことに、そこには得体の知れぬ、眩しい光がカメラの画像に写っていた。

神仏や幽霊など信じていなかったが、さすがにこの時はびっくりした。
「カメラのフラッシュは右側についているのにおかしいな・・」
と思いつつ、確認のため、もう一枚写真をとってみたが、今度は何も写っていなかった。

「私は祟られたのだろうか?それとも、うつ病が治るのだろうか?」
と、期待と恐怖の入り混じった思いのまま、また暗闇の大通りを歩き帰路を急いだ。